2013_06
12
(Wed)19:11

市民講座 

に、先週から参加中。

題して1回目は 『天正伏見慶長大地震』

M7~8と推定される 秀吉を驚愕させた大地震。
出来たばかりの伏見城は倒壊、城下でも山内一豊の娘はじめ多くの犠牲者が出た。

岐阜山中、庄川断層帯近くの帰雲城は、大規模な山崩れによって城も城下町も一瞬にして消え、その正確な所在地は今も不明とか。
20代の頃、旅の途中で帰雲城近くを通り、
案内板の「一夜にして消えた城…」だけ読んで「わあミステリアス♫」と、
ちょいロマンチックな想像をしたが、実態はとんでもないことだった。

他にも越中木舟城、尾張長島城、近江長浜城などが破壊され、古墳の石室も真っ二つ状態にずれたらしい。
短い間隔で大地震が続いた時期であったそうな。


2回目の今日は 『宝永富士山大噴火』

江戸時代の富士山の宝永噴火によってどんな被害が生じたか。

麓には3m近くの灰に埋もれて一村全滅の処もあり…近隣一体の降灰の被害は凄まじい。
百姓領民は飢餓に苦しみ 回復に数十年かかったという話。
今の政府と同様か、被害の大きさに藩は「百姓は自力にて対処すべし」とやらで逃げ
復興費として幕府が大名達から集めたはずの金が それに使われたのは僅かで
30万両近くはどこかに消えたそうだ。
昔も今も ナニヤッテンダロネエ・マッタク★

江戸にも灰が降り続き、呼吸器を傷める人が多く出たという。
更に数年を置かずして、今度は浅間山が大噴火したとか。

今 同様の噴火が起きたら甚大な被害が起きるだろうことは明らか。
夏ならば、風向きで埼玉にも5cm程は灰が積もる。
道路の回復は23区内で4日以上かかる。電気も復旧は7日以上掛かる。

てな話であった。

1週間…私は何とか食いつなげるが、猫のフードが心配だ。
ドライフードだけでも多めに取っておかなくては。
自宅に降った灰の処理をどうすればいいのやら。
ともかく備蓄品を見直しておかなくちゃ・と思いながら帰宅した




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