2011_12
02
(Fri)21:10

ちょっと昔の時代 

地元の知人から電話があった。

この間まで書いていた作品の、取材に協力して頂いた和倉温泉有名旅館の社長からである。
彼は高校の同窓生で、その縁だけで押し掛けてあれこれと話を聞かせて貰い、終了と共にお礼のメールをした。
そのまたお礼と言う感じでの電話だった。
社長ともなると忙しそうなのに、わざわざありがとうございました Tさん。
活字のミスが結構あって、申し訳ないです。

やはり取材して良かった、話に奥行きや現実味が少しは加えられた。
想像だけで出来るもんじゃないな・とつくづく思う。



時代劇とかになると想像部分がかなり多くなるけれど、人間の心理はそう変わるまい・

と思いつつ、これも資料の一環で 次の作品の舞台が似た時代の
『野菊の墓』『たけくらべ』などを先日また読んで見たが、ちょっと頭を抱える。

この時代の考え方やしがらみが、今わかるだろうか?

2歳くらいの歳の差がなんだ?
なんでそんなことでうじうじして、思いを殺して諦めにゃならんの?
と 思う読者は多いのでは。
堪えるということを知らない世代…好き勝手をやってきた私もその一人 

今でも人の噂で壊れるものはあるだろう。煩わしさはあるだろう。
それでも、よその土地や、大都会へ行けば生き直せる可能性はある。

ほんの数十年前まで、一人では生きていけなかったムラ社会だった。
他所者はすぐわかり、警戒対象になった。
共同社会からはじかれることへの不安や恐怖が 人々にはあった。
娯楽の代わりに 人の噂話が飛び交っていた。
火の無いところに煙がもくもく立っていた。
見ていたのかと思えるくらい、秘密が知られていたり…
噂の広まる速さと言ったら、私も経験あるが、凄いものだ。

「恥」「嗤いもの」「きこえが悪い」
そんな思考にギリギリと縛られていた時代… 
そんな中でどう行動したか

社長の奥さんは女将として、逃げることもせず、歯を食いしばって踏みとどまり、頑張ってきたそうだ。
社長も「よく我慢してくれたと思う。」としみじみ言っていた。
そういうものだ・と諦めに似た納得で行動してきたのかも。


そんな話も参考に、まず自分がその時代に浸らないと、頭を少しタイムスリップさせねば、と
原作を開いて唸っている。











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